2023年のゴールデンウィーク。
機械設計のエンジニアだったひとりの会社員が、SNSで話題になっていた「Stable Diffusion」を自宅のパソコンに入れてみた。
デザインの経験も、CGの経験もない。
きっかけは「なんだこれ、面白そう」という、ただそれだけだった。
それから3年。
あぎ氏はいま、AIクリエイターとして作品を発表するかたわら、スクール運営や企業研修の講師、コンサルティングを手がけ、2026年9月に表彰式を迎えたAI映像アワード「WFAIA 2026」では実行委員長を務めた。
キー局の制作会社や大手広告会社から「AIクリエイターを紹介してほしい」「研修をしてほしい」と声がかかる立場にいる。
ゼロから始めた人の目に、いまのAI映像業界はどう映っているのか。
個人クリエイターはどこまでひとりで戦えるのか。
そして、日本はこの波に乗れるのか。
生成AI専門の映像制作会社である私たちスムージースタジオのメンバーが、率直に聞いた。
プロフィール|あぎ氏(AIクリエイター)
機械設計エンジニアとして働くなか、2023年に画像生成AIに触れたことをきっかけにAIクリエイターへ。作品制作のかたわら、AIクリエイター育成スクールの運営、企業研修の講師、コンサルティングを手がける。AI映像アワード「WFAIA 2026」実行委員長。WORLD AI FILM FESTIVAL CM部門受賞。AIコンテストの受賞者を20名以上輩出している。
X:@agi_aibusi(フォロワー約2.1万人・2026年9月時点)
聞き手について 本記事は、株式会社スムージースタジオ(生成AI専門の映像制作会社)の弘田朗・中野敬太・クージンヤン・吉堀佳子が、AIクリエイターのあぎ氏(X:@agi_aibusi)に行ったインタビューを再構成したものです。記事中のツール・モデル・イベント等の情報は2026年9月時点のものです。
目次
デザイン経験ゼロ、機械設計エンジニアからのスタート
――まず、生成AIに取り組み始めたきっかけを教えてください。
2023年の5月、ゴールデンウィークに触り始めたのが最初です。ちょうどStable Diffusionがすごく流行り始めた時期で、ローカルのパソコンで簡単にAI画像を生成できるというのが話題になっていました。
私は当時エンジニアをしていたので、それを動かせるスペックのパソコンをたまたま持っていたんですね。「なんだこれ、面白そう」と思いながら画像生成を始めた、というのがスタートです。

――エンジニアというのは、プログラミングの方ですか。
いえ、機械系の設計です。プログラミングのほうではありません。
――SNSでの盛り上がりを見て興味を持ったのでしょうか。
そうですね。最初に見たのは、アニメキャラを実写化したコスプレ画像のようなものだったと思います。これまでCGで作っていたものよりもリアルな質感の人物が、AIの画像生成で作れてしまう。
しかもそれがオープンソースのモデルで、お金を払わなくても、パソコンさえあれば誰でもインストールして使える状態で公開された。それがSNS上で爆発的に話題になっていて、興味を持ちました。
――CGやデザインの経験はあったのですか。
まったくありません。デザイン畑の出身でもないですし、周りにクリエイターは多いんですけど、私自身がクリエイティブの仕事をしていたわけでもない。仕事というより、趣味で始めたというのが本当のところです。
ただ最近は、AIの発展によって、そういう人がAIを使いながらクリエイティブを仕事にしていく流れが増えてきていると感じます。私もその中のひとりです。
キー局や大手広告会社が、個人に「研修してほしい」と言う時代
――AI動画の発展によって、映像制作会社はこれからどうなっていくと思いますか。
制作会社の方と話す機会が増えているんですが、AIが「希望か脅威か」と聞かれたら、脅威だと答える会社のほうがやはり多いんです。特に従来の撮影をしている会社さんですね。映像に限らず、画像やデザインの制作をしている会社は、少なからずAIの影響を受けている。うまく取り入れていかなければいけないという声と、仕事を奪われるんじゃないかという声、両方をよく聞きます。
その一方で、AIを活用した新しいクリエイティブが生まれてきている。これはすごくいいことだと思っています。
日本だと、AIで作ったアニメなどにはまだ一部風当たりが強いところもあって、「AIで作りました」と大っぴらに言いづらいこともあると思います。でも実際には、TBSの日曜劇場『VIVANT』の続編でGoogleの動画生成AI「Veo 3」を使うことが公表されましたし、Netflixで配信されているドラマや映画でもAIが活用されていて、観ている人が気づかないまま放映されている作品もある。新しい表現のため、そして制作コストを抑えるために、制作会社としてもうまく取り入れていく流れになってきていると思います。

――ほかに感じている変化はありますか。
「クリエイターをつないでほしい」という相談をよく受けるようになりました。中小企業だけでなく、キー局の制作会社さんや大手広告会社さんからも「AIクリエイターを紹介してほしい」と言われますし、私自身に「研修をしてほしい」という依頼も来ます。
これは産業が大きく変わってきていると肌身で感じるところです。プロ中のプロの方々が、個人に対して研修や紹介をお願いする。今までならありえなかったことなんですよね。
AIの進化の速さについていこうとすると、大きな会社ほど承認のプロセスが多くて、どのAIを使っていいのか、リスクはどうかと、じっくり吟味しながら進めなければいけない。そうこうしているうちに、ベンチャーはしっかりAIを取り入れて業績を伸ばしていく。大手のほうがAIへの追従が遅れ気味になる、という傾向は面白いと思っています。
その結果、個人にもチャンスがやってきている。AIでクリエイティブを作ること自体がビジネスになって、「AIクリエイター」という新しい職業が生まれてきていると感じます。
――2023年頃は「AIでこんなものが作れる」という驚きが中心でしたが、いまは実際の映画やクリエイティブに使う段階に来ているということでしょうか。
そうですね。特に動画は、実用的になったのは本当にここ1年くらいの話です。画像はかなり進化しきった部分がありますが、動画はまだ発展途上で、ようやく使えるレベルになってきたところ。これからさらに進化して、映画やドラマ、CMといった実際の制作に活かされていくのが、今後の展開だと思っています。
新モデルは「今までできなかったことが、できるようになったか」で見る
――情報のキャッチアップや、モデル・ツールの選び方について具体的に教えてください。
情報のキャッチアップについては、動画生成・画像生成に限らず、AnthropicもOpenAIも情報発信にすごく力を入れているので、SNSなどで簡単に拾える状態です。それをいち早くキャッチして、出たらとりあえず試してみる。新しいモデルが出た、バージョンアップした、というニュースが出るたびに一度触ってみて、良かったもの・悪かったものをSNSでの発信にも活かしています。
――制作でどのモデルを使うかは、どう判断していますか。
作業をしていると、今のAIでできることとできないことが見えてくるんですよね。
たとえばNano Bananaが出るまでは、画像生成の時点で人物の一貫性を保つのがすごく難しかった。同じ人物のまま別の構図を作れない、というのがAIの欠点で、いろいろな方法が出てきてはいたものの、まだまだ難しい状態でした。そこにNano Bananaや、最近だとGPT Image 2が出てくると、「今まで悩んでいたことが、このモデルなら解決できるじゃん」というものが出てくるんです。
人物の一貫性ひとつとっても、Nano Bananaでかなり保てるようになったと思っていたら、GPT Image 2が出て「こっちのほうが似ている」となる。顔の一貫性で見るとNano Bananaは若干雰囲気が変わるからGPT Image 2のほうがいい。ただGPT Image 2は、編集を重ねると画像にツブツブ感が出て荒れていく、という別の問題がある。次にSeedream 5.0 Proが出て試してみると、人物の一貫性がさらに良くなって、加工したときのノイズ感も改善されている。じゃあ人物の一貫性を保つならこっちだな、と。



つまり、新しいモデルが出るたびに「もともと抱えていた課題が解決できるか」という視点で試して、使い分けていく。動画生成も同じです。そうやって触っていると、モデルごとの得意・不得意が見えてくるので、それに応じて使い分けています。
個人クリエイターには「アッパー」がある
――AIがあるからこそ、ひとりで動いているクリエイターも多いと思います。企業として受ける案件は責任も金額も桁違いですが、今後、個人のクリエイターはひとりで戦えると思いますか。
クリエイターが個人でできる作業には、やはりアッパー(上限)があると思っています。
どれだけAIが進化しても、制作工程のひとつひとつや、そのあいだのつなぎは楽になっていきます。でも、人間がやるべきところとAIに任せるべきところは、分けて考えないといけない。たとえば脚本やキャラクターデザインまでAIに丸ごと任せてしまうと、個人の作品として権利が認められるものではなくなってしまう。IPや権利の考え方、作業のクオリティを考えると、どれだけAIが進化しても人間ひとりの上限はあると思います。
実際、売れっ子の個人クリエイターもたくさん出てきていますが、その人に全部の仕事をお願いできるかというと、そんなことはないですよね。30分の動画を作ろうと思ったら、1〜2週間それに集中して作っているのが現状です。
――大きな案件になると、なおさらですね。
単発の画像1枚やデザインなら個人でも十分にできます。でも、1分半のショートドラマを60話作ります、というような案件になると話が違う。ひとりに任せてしまうと、その人が体調を崩したらどうするのか。BCP(事業継続)の観点からも、ひとりのクリエイターにすべてを任せるのは危ない。
キャラクターデザインが得意な人、脚本が得意な人、動画生成が得意な人。得意分野はそれぞれ、その人が磨いてきたものによって違います。だからチームアップして、クオリティの高いものを作っていくことが非常に重要だと思っています。
AIが進化したから何でもひとりでできるように収束していくかというと、今はまさにその方向に進んでいるんですけど、そろそろそれがサチュレート(飽和)して、「ひとりでできる限界はこのあたりだよね」というのが見えてくる頃なのかなと思います。
仕事が「ドカッと」増えるのは、大手が舵を切ったとき
――クリエイターを集める企業も増えていますが、集めたとして仕事を渡せるのか、という懸念もあります。どう見ていますか。
これは、大手がどう動くかによって変わってくると思います。仕事の供給量がどこで一気に増えるかというと、大手の制作会社がAIに舵を切ったときです。
地上波ではまだ限定的ですが、ある部分だけCGではなくAIでやってみようとか、深夜帯の番組なら挑戦的なことをやってみようとか、そういう動きが始まったところです。一方で、Netflixやショートドラマ、スマホアプリで観るような作品では、積極的にAIを使っていく方針を出している大手もいます。将来的に増える方向なのは間違いないんですが、それがいつなのか、という話ですね。

そして大手が舵を切ったときも、クリエイターの数がいればいいかというと、そうではない。おそらく、難しいところしか外には降りてこない。だから数を集めるよりも、クオリティの高いものを作れる人、そして制作の全体の流れをわかったうえで「この部分を任せたい」という意図を理解できる人の価値が残っていく。全体がわかっていないと、一部分を任せることもできないじゃないですか。そういうクリエイターさんは、すごく仕事が増えていくと思っています。
伸びるのは「作りたい気持ち」と「クライアント目線」を併せ持つ人
――WFAIAでは、本業が別にあって楽しくて作っていたら賞を取った人や、始めたばかりの人も多くいて、個人クリエイターの力を肌で感じました。アニメや漫画、映画を浴びて育った人たちが、自分でも作れるようになったことでこんなに力を発揮するんだと。
――今後、どんな人がクリエイターになっていくと思いますか。
これまでは、作りたいものやアイデアがあっても、センスと技術を持って専門的なことを学んだ一部の人しか形にできませんでした。
それが今は、AIの力を借りることで、ある程度の技術習得は必要ではあるものの、比較的簡単に、短期間で身につくスキルで形にできるようになってきた。そうなると、本当に興味を持って作りたいものがあって、それを生み出したいという気持ちがある人のほうが、どんどん作品を生み出していく。個人レベルの制作という観点では、そういう流れになると思います。
――企業の案件ではどうでしょう。
地上波や映画、ドラマ、企業のCMといった仕事にはクライアントがいて、成果が求められます。広告なら集客、映画なら興行収入。そうなると話は別で、お客さんの要望を叶える目線を持ったプロのクリエイターが、その目線のうえでAIをうまく活用する。そういう人が勝ち残っていくと思います。
逆に言えば、お客さんが何を求めていて、クリエイターとして何を提供できるかという目線があって、かつ自分が物を作りたい、表現するのが好きだという人は、これまで経験がなかったとしても、AIクリエイティブという産業ではすごく伸びやすいと思います。
WFAIAで評価されたのは、技術ではなく「人間のディレクション」
――WFAIAの実行委員長として見えてきた、日本のAI映像シーンの現在地を教えてください。
AIの導入という面で、日本はかなり慎重です。それには良い面と悪い面があります。
良い面は、リスクの管理や、誰かの権利を傷つけないようにという慎重さ。ガバナンスがしっかりしているのは日本の強みだと思います。一方で導入の遅れはやはり目立ってきていて、大手の制作会社でも使えるツールが極端に限られている。「Adobe Fireflyしか使ってはいけません」といったケースですね。
その条件は、企業の案件を受けるクリエイターにも課されます。せっかくWFAIAのようなコンテストで良い作品を作れる、いろいろな表現ができるクリエイターがいても、使えるモデルが限られると表現の幅が狭くなって、本来のポテンシャルを発揮できない。それが今のもどかしい状況で、海外と比べて日本が少し遅れている印象を持っています。
――一方で、コンテストの審査からは何が見えましたか。
今回の審査員は、PixarやILMで『トイ・ストーリー』などに携わったコリン・ブレディさんや、Amazon MGM Studiosで活躍されたケン・ナカダさんなど、世界的に有名な映像界のレジェンドたちでした。
WFAIA 2026の審査員には、Pixar・ILM出身のコリン・ブレディ氏や元Amazon MGM Studiosのケン・ナカダ氏のほか、Floyo共同創業者のマット・シン氏、ElevenLabsのマティ・シムラ氏、VFX・長編アニメーションのベテランであるダレン・カイナー氏の5人が名を連ねた(WFAIA公式Xより)
その方々が評価したのは、映像の美しさや、AIでどこまで表現したかということよりも、ストーリーや、人間に宿っているディレクション、オーケストレーションの部分でした。
手が破綻しているとか、人物の一貫性が崩れているとか、技術的な部分はいずれ技術が進化すれば改善される。そうなったときに人間に残るのは、ディレクションの能力や脚本、アイデアの部分です。だからそれを持っている人が評価された、という傾向になりました。
そして日本は、その強みをすごく持っている。アニメでも漫画でも、これだけIPを生み出せる国は他にありません。今はAIの導入で危機感を覚える部分もありますが、いずれは挽回してくるんじゃないかと思っています。
――海外では、AIを使うのが当たり前というレベルなのでしょうか。
アメリカのハリウッドでもやはり使われていて、その中で使われているツールのひとつに、WFAIAのメインツールでもあったFloyoがあります。ガバナンスの面でもハリウッドの要求に耐えられるよう準備されたツールで、私がすごく可能性を感じているところです。
これまではFireflyしか使えなかったところに、日本の大手でもFloyoのようなツールの導入が進んでいけば──実際に国内の大手制作会社でも導入が進んでいるそうですが──クリエイターが安心して使えるモデルが増えて、表現の幅が広がります。
もちろん大衆の理解もあるので、ツールを導入したらすぐに切り替えられるかというと、そうでもないと思います。ただ世論もいずれ変わってくる。各企業が世論や「アニメをAIで作ったらどういう反応になるんだろう」というところを見ながら、徐々に進んでいくだろうと思っています。

生成AI映像を仕事にしたい人へ
――最後に、これから生成AI映像を仕事にしたい人へアドバイスをお願いします。
アドバイスというほどではないんですが、「作りたい」「楽しい」という気持ちがある人が、結果的にビジネスにつながっていると私は見ています。
これまでたくさんの人を教えてきましたが、「副業で月何万円稼ぎたい、今AIが流行っているから来ました」という人よりも、本当に作るのが好きな人。今までアニメや映画をたくさん観てきて、AIが進化した今なら自分でも作れるんじゃないか。そういう気持ちでチャレンジしてきた人のほうが、伸びもいいし、やはりいいものを作るんですよね。
特にクリエイティブという領域は、その傾向が強いと思っています。好きで楽しいという気持ちで続けられるなら、きっと成果につながる。私はそう思っています。
まとめ:AI時代に残るのは「人間の判断」と「作りたい気持ち」
今回のインタビューを通じて見えてきたポイントを、改めて整理します。
ひとつめは、AIクリエイターという新しい職業がすでに生まれていることです。デザインやCGの経験がなくても、AIを使ってクリエイティブを仕事にする人が増え、キー局や大手広告会社が個人のクリエイターに研修や紹介を依頼する時代になりました。特に動画生成は、ここ1年でようやく実用段階に入ったばかりです。
ふたつめは、個人でできることには上限があるという指摘です。ショートドラマの連作のような大型案件では、クオリティの面でもBCPの面でも、得意分野を持つクリエイター同士のチームアップが欠かせません。そして大手がAIに舵を切ったとき、価値が残るのは「制作全体の流れを理解したうえで、任された部分を担える人」です。
みっつめは、評価の軸が技術から人間のディレクションへ移っていることです。WFAIAでハリウッドのレジェンド審査員が評価したのは、映像の美しさではなくストーリーとディレクションでした。技術的な破綻はいずれ解消される。そのとき残るのは脚本やアイデア、演出の力であり、IPを生み出す力を持つ日本には大きなチャンスがあります。
そして、そのすべての出発点にあるのが、「作りたい」「楽しい」という純粋な気持ちです。趣味でStable Diffusionを触り始めたあぎ氏自身の歩みが、何よりその証明になっています。
あぎ氏が語った「大手が生成AIの研修やクリエイターを求めている」という変化は、私たちも現場で実感しています。
スムージースタジオは2026年8月、日本テレビグループのAI支援事業「日テレAI-HR」とパートナー連携を開始し、生成AIを活用した映像制作や、制作組織向けのAI活用トレーニングにも取り組んでいます(詳しくはこちら:日本テレビグループのAI支援事業「日テレAI-HR」とパートナー連携を開始しました)。
スムージースタジオは今後、クリエイターが活躍できる場としてのコンテスト開催も視野に入れています。
AIで映像をつくる時代において重要なのは、ツールそのものの性能だけではありません。
そのツールを使いこなし、構成・演出・トーンを設計し、作品として成立させるクリエイターの存在です。
弘田 朗(ひろた たから)
AIを活用した動画生成やクリエイティブ最適化の実務経験を持ち、スピードと品質を両立させた制作フロー構築を得意とする。特に広告配信におけるABテスト用動画の生成や、ブランド一貫性を担保したAI活用の設計に定評がある。



